踊る獣医師・ベリーダンサー兼講師 小森谷 薫 / Noora(ヌーラ) のブログ♡

2足のわらじ最高!獣医の事、ベリーダンスの事、その他日々の色々を綴る、生まれも育ちも下町谷根千の人情派、こもりやかおるのブログ♡

死への向き合い方、私なりの考察

私は

愛する父の死、友人親戚の死、溺愛する愛犬達の安楽死、

動物病院での患者さん達のたくさんの死、実験動物達の死、

と畜場で毎日100頭以上の動物の死を見て来て、

よく自分でも精神的にイカれなかったなと思うくらい、

私自身、死に直面し続け、猛烈に苦しみ、色々考えて来ました

 

死の恐怖への向き合い方、私なりの考察をしてみたので、

今日はそれをまとめてみようと思います

 

 

♡もくじ♡

 

 

1. 私自身がたくさんの死を経験して来て、1番変わった事。自分と相手の終わりを意識して、日頃からそれに伴う言動を心がけるようになった事。

私が本当にたくさんの死を目の前にして来て、

確実に1番変わった事は

本当に明確に、自分と相手の終わりを意識して

日頃からの言動を心がけるようになった事

 

「これでもう、逢えなかったらどうする?」

それが仮に、明日逢う人と離れる時でさえ、

頭の中に響くようになった

その時間を一緒に過ごすと決めた大好きな人達なら、なおさら

 

 

だから今は大好きな人達とは、

なるべくしこりを残したまま離れない

そりゃ生きていればいろんな事があって、

イライラしてたら優しくも出来ないし

メールもそっけなくしちゃうし

くだらない事もしちゃうのは仕方ないんだけども

 

笑顔で、ハグやスキンシップをして、

パートナーならキスをして、

おもしろい事をして、笑わせて離れる

今日も好きだよっていう、愛情を伝える

 

私はシャイで、全く面白い事も出来なかったけれど、

相手が微笑んでいる、笑っている状態で

出来るだけ人と離れるって事を

本当に心がけるようになった

そのためにはシャイだとか言ってられない

相手に一緒にいる時間がたのしかったと思われる離れ方

キャラが変わったと言われ始めたのもきっとその頃から

ただもちろん、決してムリしてる訳ではないよ

 

たとえばほんの些細な喧嘩であっても

自分が冷たくして離れて、

その日にもし、その人がいなくなったら…?って

つねに考えてますか?

考えたくなくても、今はそんな事が普通に起こる時代

 

 

2.死への恐怖の元は、5w1hが全くわからないから。

死への向き合い方や、自分のあり方に関心がある方、

いらっしゃいますか?

って昨日Facebookに投稿したところ、

とても多くの反響があった

 

死というものの何が恐ろしいかって、

 

いつ死ぬのか

どこで死ぬのか

だれが死ぬのか

なにを(して・使って)死ぬのか

なぜ死ぬのか

どのように死ぬのか

 

という、英語で言う5w1hが、

全くわからないからじゃないか

いや部分的にわかったり、ある程度想像出来ても、

完全に理解する事は出来ないし、

また経験者ならなおさら、

「またあの恐怖が…」とさらに増幅した気持ちが襲うからだと思う

だから死への恐怖を完全になくす事なんて、ありえないのだ

 

 

3.死に直面するときに味わう感覚は、主に3種類。

死に直面する時、私が味わった感覚は主に3種類

①失う事への恐れと不安

②失う瞬間の恐怖と勇気

③失った悲しみと後悔→のちに自分の成長と希望

 

【死】というひとつのカテゴリーの中で

各段階によって、自分が持つ感覚ってぜんぜん違う

 

 

①失う事への恐れと不安

これには色々あって

・漠然とした、将来への不安なのか

・対象とする人、動物が決まっていて、死が目の前にある状態での不安なのかなど

これはその時が近づくにつれ、徐々に強くなる傾向がある

 

 

②失う瞬間の恐怖と勇気

これにも色々あって

・病気などで、すでに終わりが見えている状態で迎える瞬間の恐怖

・安楽死を選択するか否かの決断、

その命が絶たれる時の恐怖や勇気、思い切りなど

 

また、

自分じゃ想像していない天災、事故、病気、殺人などで突然迎える場合は

この段階が飛んで、③に移行する事もある

 

この場合は思いがけない事なので

亡くした感覚を自分が理解するのに特に時間がかかる

「まだ戻るんじゃないか」「これは悪い夢?」など

現実を1番受け入れづらいのもこのタイプ

 

 

③失った悲しみと後悔→のちに自分の成長と希望

これはいわゆる “ロス”

・5感で相手を感じられなくなった悲しみ(物理的)

・思い出が全て過去のものになり、

今後は2度と起こらないのだ、と感じる悲しみ(精神的)

そして、

・自分がしてしまった、しなかった、出来なかった事に対する後悔など

 

物理的なものは、

見えなくなる、触れられなくなる、

温もりを感じなくなる、声が聞こえなくなる、

匂いを感じなくなる、味わえなくなるなど

 

精神的なものは、

物理的な感覚がなくなった事を通じて、

ここにはもういない、

もう〜できない、してあげられない

いたら〜なのに、みたいな仮説に基づく痛みなど

 

そこに後悔という感情は、ほぼセットで乗ってきて、

たとえば病気になって、介護になって、病院通いが長くなり

自分も辛くなって来ると、相手に優しくなれなくなる

優しくしたいのに出来ない、

そんな自分に嫌気がさして来るのに、疲れて出来ないつらさ

 

ケアサービスに任せて自分の負担を軽減させたりしても、

仕方なかったにしても、

亡くなるとそれすら否定したくなる

もっと一緒にいればよかったと思うし

もっとこうしてあげたかった、

今ならこうしたいのに、

今ならこう出来るのに…って思う気持ち

 

どんな選択をしたとしても、

それはのちにほぼ確実に後悔に変わり、自分を責める事にもなる

これ、心のあり方をトレーニングしても、

当事者同士でしか、なかなかわからない部分でもあるんだよね

 

そして時間の経過とともに、自分の成長と生きる希望、

優しさなどに繋げていけるかどうか?が

ロスと共に今後の人生を生きる課題であると思っている

ここで間違うと、逆に恐怖を感じなくなったり

へたすると死に対して、何とも感じなくなる気がするから

私自身が一時期そうなったから

 

 

医者にも色々いて

自分事じゃなければ、多くの医者は対岸の火事で

自分のやりたい治療を激推ししてきて、

それに合わないと適当にされたり

めんどくさそうに対応されたり

 

「ガンですよ、なんでこんなに放っておいたんですか?

症状出てたでしょう。

もうダメですね、あと持っても数週間です」なんて

なんの覚悟も出来てない患者さんの前で、平然と言ってのける

デリカシーのかけらもない輩にも出逢ってきた

 

死に直面しすぎると、

ある程度慣れるみたいな感覚ってのはあるかもしれない

でもその患者さんにとっては一生の事で、

誰かの大切な命がかかっている事

家族や友人関係、色々な背景が見えるならば、

自分に置き換えて考えられるならば、

そんな対応がなぜ出来るのかがわからない

感情を持たなくなるのとは違う気がするんだよね

 

ひとりの医者が全てを受け持つと、

大人数の病院などではそれはたしかに責任も重い

だからホスピスや色々があって、

ある程度のところでは分業みたいな事で

細かい部分の対応をしてるのかなと

ただ、医者にとってはルーチンワークだとしても、

もう少し思いやりを持った言動が出来る

医者が増えて欲しいとは思っている

 

人の死にも、いくつも立ちあってきて

人から相談される事も多い中で、

「こいつはバカなのか?」って言動をする医者にもかなり出逢うから

 

もちろん素敵な先生方もたくさんいらっしゃるので

一部の輩の話である事を申し添えておきたい

ただ経験者が少なくないのでね

 

 

4.私は獣医師として、ひとりの人間として、死に向き合う、向き合ってきた、あなたのお役に立ちたい。依存ではなく、苦しみから抜け出すヒントを一緒に考えていきたい。

私は獣医師として、動物病院にいた頃、

そんなに患者さんに感情移入しすぎたら、

自分の精神力が持たないと言われた

それはたしかにそうで、

私は病院の患者さんにも、飼い主さんにも心底感情移入してしまう

時には一緒に泣いて、悲しんで、気持ちを分かち合おうとしてしまう

その上で、いい方向に行くお手伝いがしたいと思ってしまう

それっていけない事?

 

人には得手不得手がある

私にはそれが得意な事だから、

それによって、誰かのお役に立つ事も含め、

社会に貢献したいと思っている

 

 

時間が経ち、落ち着いたと思っても、

突然思い出したり、色々な場面で苦しむのが死の恐怖のひとつ

その時に何かにすがりたい気持ちや、

自己肯定感を満たすために、宗教に走る人も多い

ただ私には、宗教ってよくわからないのは、

そういう状態になった時、

本来心の拠り所になる対象には、信心だけがあればいいはずなのに

高いお金を払う事で、

依存している、またさせているように見えてしまうから

ファンになるのとは、また違う怖さがあるのよね

 

私は毎日父と先祖に手を合わせる

それで充分、今の心の支えになってくれるから

そして生きて行くのは、やはり自分自身だから

 

あくまで私の考えなので、その辺りはご自由に

 

 

私は、死への不安や恐怖はなくならないと思う

それを受け入れた上で、日々を一生懸命生き、

人間の無力さを思い知りつつも

生まれた以上、必ず迎える死と

いろんな意味でしっかりと向き合い、

失った後はロスと共に、今後の人生を生きなければならない

 

それでもどうしようもない不安に襲われるなら

私に何か出来る事があるならば

死について迷ったり、悩んだりしている人のお役に立ちたい

 

もちろんそこに依存するっていうのは違っていて、

やっぱり最終的にゴールを見つけるのって自分なんだよね

でも本当に苦しいし、私も今も苦しむ時がある

だからあなたのお悩みを、いい方向に持っていけるように

何かでお役に立ちたいと思うし、

同じ痛みを共有出来るコミュニティも作りたいし、

痛みに襲われた時、いつでも悩みを共有出来る、

あなたのいろんな意味での支えになる場所でありたいと思う

 

そして自分でいい方向に持って行けたと感じたなら、

その先はたまーに話すくらいで依存する事なく、

自分の思う未来へ進む為の希望に変え

生きていける人がふえてほしいなって思う

 

 

今も、いろんな決断をした自分を責めていたり

後悔や自責の念に駆られている人も多いと思う

今までそういう人達の話を

本当にたくさん聞いてきて、図らずも感謝されてきた

自分自身が精神的にまいってしまう事もあるのだけど、

それでも死について経験してきた事から、

迷う人達の話を聞き、話す事で

人に貢献する事が出来るならば、それは私自身の喜びでもあるから

 

つらい人達が少しでもラクになり

いい方向に向くお手伝いが何か出来るなら、

これほどうれしい事はないと思っています

 

文章にすると書ききれない事はいっぱいあって、

まだまだ書き足りないのですが、ひとまず今日はこのあたりで

いつでもお気軽にご相談ください

 

 

踊る獣医師

小森谷薫

 

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